続(笑)・つなぎネタ【ボクシング クロニクル】 090914
2009年 09月 15日
不肖、私、ダイゴロー。
スポーツの師は父ゴロー。
その影響下、影響大。
遺伝子なのか、洗脳なのか、まぁ親と子なんてそんなもん。
(おいおい、同じ書き出しじゃねーかよ!)
で、五輪は勿論、テニスやらボクシングやらも、
薫陶なのか啓蒙なのか一子相伝(笑)なのか、見る機会が多々、
幼少の折からあったとさ。(全くパクりの出だしかっ!?)
だから、こんなもの作っちまうバカが生まれるワケ♪
ボクシングクロニクル。
これ、初見。
大仕事終えた後の、終えたからこそ期待に応えるべき時に、ちょー暇人的に作成!
ス・テ・キ♪
この企画(企画かいっ!)、そもそもは、
パウンド・フォー・パウンド、階級を超えた最強ボクサーは誰なんだろ?的な、
誰しもが考えたり、思い巡らせたり馳せたり、そういった中から出てきているモノ、
であるけれど、
結局、それは「???」で締めている通り、ここではそれ以上に、それ以外の、
雑談みたいな話しをしていきたいと思うのである。
サッカーでも、相手によって全く出来映えが違って映る試合が幾多数多あるように、
ボクシングのように、個人競技であり、且つ、
まさに肉体的なフィジカルコンディションが大きな要素を占める競技の場合、
ましてや、階級に拠る体重調整、ウェイトコントロールが関係する中では、
試合によって出来のバラつきが出てくるのも間違いないだろうし、
殴り合いゆえ、ダメージという意味での消耗も激しくて当然だし、
年齢による衰えや回復度も、大いに影響があることだろう。
という前提を理解した上で、90年代においては、
パウンド・フォー・パウンドの呼び声が上がったボクサーの中から、
また彼らのベストバウトだったりビッグマッチだったりを、取り上げてみたワケさ!
(名前の後は、国籍・生まれ・勝-分-負・初タイトル時の階級)
パウンド・フォー・パウンドってだけあって、ヘビー級って必然、
普通は最強名目で考えられる階級であるから、
逆に巨大化や鈍重化すると衰退が目立つし、
同時に、階級を超えた最強議論となると中量級のスターにライトが当たるよね。
余りに軽い階級だと、これまた理不尽だろうけど、
軽んじて見られる傾向があるようだけど、
リカルド・ロペスへの最強評価は、なかなか根強く、また確かなモノ。
日本人も、やられてますからねー。
チャベスは強かったんでしょうが、やはり最終的に、
試合過多であったり、階級を上げることに伴うダメージの蓄積が、
という感じはします。
メルドリックテーラーを残り2秒で逆転したノックアウトは鮮烈ですし、
不敗神話を輝かせたシーンではあるけれど、
ウィテカーに引き分け、そしてデラホーヤに打ち込まれて敗戦を喫し(再戦含め)、
晩節まで輝くことの難しさを、
いわゆるチャンピオンに群がるファミリーの維持や、プロモーターの戦略、
ビッグマッチ=ビッグマネーの功罪、というより罪や暗の部分が、
却って目立ってしまったような、ボクシング界全体の俯瞰を、思わされた気もします。
階級制覇の名目に引きずられるプロモート戦略も、そういう一環でしょう。
ボクシングはそもそも、興行主義の側面は大きい伝統ですが、
階級を細分化したり、団体が乱立化したり、
ビッグマッチを開催するための人為的なビッグネーム作りにも、
大金を動か過ぎる商業至上主義にも、批判はあって然るべきでしょう。
本当に、名実共に備えた王者ということを考える時にこそ、
パウンド・フォー・パウンドの価値が見出せるでしょうし、
掛け値ナシのベストバウトというモノも、そこに見出せるのかもしれません。
そんな思いも込めながら、90年代の「ビッグマッチ」を更に振り返るとしましょう。
名を上げ、更なる栄誉と賞金を視野に、多くのボクサーが階級を上げ、
チャレンジを繰り返す中、
バーナード・ホプキンスやロイ・ジョーンズは、
基本的にミドル級というウェイトの範囲で、
その最強論を積み上げて言ったボクサーと言えるでしょうか。
しかし、その彼らの対戦が、年表ではほとんど冒頭の、93年5月しかないというのも、
また奇妙と言えば奇妙でもあり、もっと互いに名声を得た後で、
統一戦なりの拳をまじえる機会があっても、と思ったりもするワケで。
けれど因果なもので、
ホプキンスもロイジョーンズもトリニダードに勝利していたり、
その1度の対戦、93年にはロイジョーンズに敗れたホプキンスが、
ロイジョーンズが再戦しても返り討ちにされたターバーには勝っていたりと、
相手によって、年齢によって、コンディションによって、環境によって、
試合の出来映えや結果が違って変わってくるということも、
これもその1つの露出かもしれませんな。
ホプキンスが敗戦を喫したシャーメイン・テ-ラー戦は、
実にロイジョーンズ以来12年ぶりの負け、10年ぶりのタイトル陥落であり、
再戦も返り討ちにされました。
しかしまぁ、10年もの長期政権、王者であった事実は、重いものでしょう。
ロイジョーンズは、ヘビー級を奪った03年のルイス戦が、
1つの偉大な成果に違いないですよね。
トリニダードは、デラホーヤを破って、人気より実力、
的な称号を得た記憶が強いボクサー。
実際、実力は間違いないボクサー。
その中で、01年、ホプキンスに敗れた試合は、
彼の中でも分岐点だったのかもしれません。
再戦要求をホプキンスが拒否したことからも、
勝った側からしても手強くて、もうやりたくない相手だったのかもしれないと、
そう推測できるような、悔しい痛恨の敗戦だったのでしょう。
さて、デラホーヤです。
言わずと知れたゴールデンボーイ。
チャベスとの一戦は、
むしろチャベスが既に全盛期を超えた頃でもあったのが真実だろうから、
世代交代、新王朝の始まりではあったけれど、
却ってそこから、デラホーヤの宿命はより険しさを背負ったのかもしれません。
ウィテカーを破り、カマチョを倒し、チャベスを返り討ちにして、
クォーティとの激闘を制して、トリニダードに敗戦を喫するワケなのだが、
その後も基本、バルガスとの「ベストバウト」こそ印象的に勝利するが、
勝敗としては、モズリーには2敗、ホプキンスにもメイウェザーにも破れ去り、
とうとう、ミスマッチのはずだったパッキャオにまでノックアウトされ、
引退に至ったデラホーヤ。
もはや、ビッグマッチを重ねることでしか生き残れない自転車操業のようなプロモートの波に呑まれ、
もちろん、それでもゴールデンボーイの名を汚さぬよう恥じぬよう、
決定的な敗北や失墜を避けてきたデラホーヤ、
宿命を受け入れて逃げることなく戦ってきたデラホーヤ、
それは、ボクサーとしては戦績以上に立派なことだとも、感じます。
決定的なKOは許さなかった彼が、さすがにミドル級、
ホプキンスの思いパンチに沈んだ屈辱も、それでも折れずに戦った姿など。
一方で、勝った試合も負けた試合も、慎重で臆病で冒険をしない安全策に徹し、
判定が多い、アウトボクシングが多いと、そういう批判も、
エスカレートするビッグマッチ主義との表とウラの部分でしょう。
もしくは、立派とは逆の負の側面、
デラホーヤの「狡猾」な部分であるとも言えるかもしれませんが。
フロイド・メイウェザー・ジュニアは、彼もまた、5階級制覇の強者です。
しかも、無敗のまま、王者のまま退いたという、強いインパクト。
カスティーヨとの疑惑的判定に迫られた試合も02年にあったものの、
再戦では返り討ちにしてみせ、ビッグマッチとしては、
デラホーヤを退け、リッキーハットンとの無敗対決を制するなど、
相応の結果も残しての引退。
もう間もなく、ノンタイトル戦、
しかもウェイトの重いメイウェザーが恐らくは有利になるだろう設定だろうが、
ファン・マヌエル・マルケスとの復帰戦が組まれている。
無敗は続くのだろうか?
この対戦相手、マルケス、兄弟で世界王者のボクサーなのだが、
マヌエルの方は、パッキャオと壮絶な戦いを重ねたボクサー。
04年にパッキャオとドローでタイトル防衛、
2度目の対戦でもスプリットデシジョンの判定で今度はパッキャオが勝利。
マルケスの再戦要求を避けてパッキャオは階級を上げ、
そしたらマルケスも追って階級を上げるという筋金入り。
もう片割れのラファエル・マルケス、弟に至っては、
凄絶な死闘を繰り広げた、まさにベストバウトと呼べる3戦が。
07年から立て続けに3戦、イスラエル・バスケスとのメキシカン同士の決戦である。
ベストと評するには余りに過酷で、凄惨なほどの撃ち合いは、
バスケスの2勝1敗という結果となっている。
軽量級は、けっこうこの、リターンマッチの目白押し。
新たなビッグカードを組む、というよりは、
因縁、再戦、雪辱、返り討ち、
宿命のライバル、好敵手、因縁の対戦という対戦が、戦いの密度を濃厚に凝縮している。
マルコ・アントニオ・バレロとエリック・モラレスの三度の激戦然り、
前述のラファエル・マルケスとイスラエル・バスケスの再三の死闘然り、
パッキャオとバレロ、パッキャオとモラレス、パッキャオとマヌエル・マルケス然り、
この辺りは本当に、執念と宿命と因縁が全て混濁して煮えたぎるような、
「名勝負」が繰り広げられた舞台だ。
チャベスがデラホーヤにリベンジを挑んだのも、もはや意地だろう。
年齢による衰え、試合過多によるダメージ、階級を上げたことによる不利、
それらよりも、プライドを賭けたのだろうと思う。
結果は返り討ちではあったけれど。
一方、ビッグカードへのマッチメイクは積極的なれど、
リターンマッチとしてのビッグマッチに淡白?なのはデラホーヤだろう。
話しがやや、軽量級から逸れたが。
そして、パッキャオ。
一体このボクサー、どうなってしまっているんだろう?
と思わされるのは、何と言っても、その階級アップの激しさ、著しさであり、
にも関わらず、大物食い、番狂わせ、下馬評を覆してと、
そう言った戦いぶりが余りにも「天晴れ」だからであろう。
元々ウェイトがきつかったとは言っても、
出だしのタイトルがフライ級のボクサーが、
ミドル級まで戦ったデラホーヤをKOするのだから。
(中間ウェイトでのマッチメイクにするとい配慮はあるにしても)
アントニアオ・バレラをジャイアントキリングして以降、
前述のマルケスとのドローと、エリック・モラレスへの1度の敗戦はあるものの、
バレラは返り討ち、モラレスにも雪辱を果たし、マルケスにも勝ち、
デラホーヤを破ったばかりか、
ウェルター級でメイウェザーとも戦ったリッキーハットンもノックアウトという、
まさにビッグマッチの興奮に相応しい結果を残しているのだ。
パッキャオの次なるマッチメイクは、どんなものなのだろうか?
ということで、もはや90年代以降は、ビッグマッチの歴史でもある。
しかしながら、そのビッグマッチの中には、
掛け値ナシのベストバウトもあれば、
人為的に着飾らせられたような模造品も、また多い。
誇大な宣伝文句、過剰な煽りたて、そういった面も否めないだろう。
ビッグマッチありきの、実力を水増しさえし兼ねないマチメイクと興行主義は、
やはり警鐘を鳴らすべきものでもあるだろう。
その意味での、パッキャオの次の対戦は、という「?」なのである。
もはや、階級もクソもミソもない、
「飾り文句」や「触れ込みインパクト」の大きさばかりが目立つような対戦は、
本筋ではないとも考える思いからである。
一番強いのは誰なんだろう?、それは純粋な願望であり観点であるから、
ビッグマッチ志向を否定ばかりは出来ないのだけれど。
その意味で、80年代を振り返ると、非常にシンプルに思えるし、見えるだろう。
古き良き懐かしき、とノスタルジックに考えることはしないが、
この頃がまさに、僕がオヤジとボクシングを見ていた時期でもある。
ロベルト・デュラン、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンス、
そしてマービン・ハグラー。
この4人の「交わり」は、濃密で、熱く、凝縮的だった。
多くは述べないので、ユーチューブでも、ニコ動でも、興味があれば検索してもらえたら。
一番軽いクラス、ライト級からスタートしたデュランが、
下馬評を覆してレナードを破る。
生粋のエリートであるレナードは、徹底的にデュランに雪辱を果たす。
ハーンズの切れまくるパンチに押し込まれながら、
レナードが逆転のKO勝ちを収める。
ハグラーが判定まで持ち込まれつつもデュランを退ける。
「石の拳」と「ガラスの顎」、デュランとハーンズの対戦は、
重いパンチとキレるパンチの対決でもあったが、
衝撃的に前のめりに倒れるデュランの姿で結末を迎える。
しかしそのハーンズの危険なパンチの攻勢を、
真っ向から受けて立ち、僅か3ラウンドで沈めたハグラー。
ウガンダから来た刺客、26戦全KO勝ちのジョン・ムガビを、
ハグラーは王者然と倒してみせる。
レナードとハグラーと言う、最後に残されたマッチメイクは、
2-1と言うスプリットデシジョンの中、レナードが勝利。
この後、レナードはハーンズとドロー、デュランに勝利と、
「ビッグ4」の時代はまさに80年代を彩る「スーパーマッチ」だった。
僕がここで言いたいのは1つだけである。
レナードはズルい(笑)
ボクシングという勝負の中で、それはトータルの戦い方の含まれる部分であるし、
腕力だけでない、まさしくスポーツとしての基本、メンタルに関わる部分なのだろうけれど、
陽動作戦的なことであったり、逃げと紙一重のヒット&アウェーであったり、
審判の心象ありきのパフォーマンス的なスタイルであったり、
そして、「疑惑」的な唱えを受けながらも再戦を拒否する姿勢であったりと、
狡猾と言えば狡猾だし、卑怯と言えば卑怯なレナードを、
ハグラー贔屓(笑)の僕は、認めていないワケである。
だいたい、90年にもなって、ハグラーも衰えてから再戦提案なんて、
男らしくないっしょ。
さ、時間があれば今日も、ユーチュー部の部活、始めまっしょぃ♪(笑)


スポーツの師は父ゴロー。
その影響下、影響大。
遺伝子なのか、洗脳なのか、まぁ親と子なんてそんなもん。
(おいおい、同じ書き出しじゃねーかよ!)
で、五輪は勿論、テニスやらボクシングやらも、
薫陶なのか啓蒙なのか一子相伝(笑)なのか、見る機会が多々、
幼少の折からあったとさ。(全くパクりの出だしかっ!?)
だから、こんなもの作っちまうバカが生まれるワケ♪
ボクシングクロニクル。
これ、初見。
大仕事終えた後の、終えたからこそ期待に応えるべき時に、ちょー暇人的に作成!
ス・テ・キ♪
この企画(企画かいっ!)、そもそもは、
パウンド・フォー・パウンド、階級を超えた最強ボクサーは誰なんだろ?的な、
誰しもが考えたり、思い巡らせたり馳せたり、そういった中から出てきているモノ、
であるけれど、
結局、それは「???」で締めている通り、ここではそれ以上に、それ以外の、
雑談みたいな話しをしていきたいと思うのである。
サッカーでも、相手によって全く出来映えが違って映る試合が幾多数多あるように、
ボクシングのように、個人競技であり、且つ、
まさに肉体的なフィジカルコンディションが大きな要素を占める競技の場合、
ましてや、階級に拠る体重調整、ウェイトコントロールが関係する中では、
試合によって出来のバラつきが出てくるのも間違いないだろうし、
殴り合いゆえ、ダメージという意味での消耗も激しくて当然だし、
年齢による衰えや回復度も、大いに影響があることだろう。
という前提を理解した上で、90年代においては、
パウンド・フォー・パウンドの呼び声が上がったボクサーの中から、
また彼らのベストバウトだったりビッグマッチだったりを、取り上げてみたワケさ!
(名前の後は、国籍・生まれ・勝-分-負・初タイトル時の階級)
パウンド・フォー・パウンドってだけあって、ヘビー級って必然、
普通は最強名目で考えられる階級であるから、
逆に巨大化や鈍重化すると衰退が目立つし、
同時に、階級を超えた最強議論となると中量級のスターにライトが当たるよね。
余りに軽い階級だと、これまた理不尽だろうけど、
軽んじて見られる傾向があるようだけど、
リカルド・ロペスへの最強評価は、なかなか根強く、また確かなモノ。
日本人も、やられてますからねー。
チャベスは強かったんでしょうが、やはり最終的に、
試合過多であったり、階級を上げることに伴うダメージの蓄積が、
という感じはします。
メルドリックテーラーを残り2秒で逆転したノックアウトは鮮烈ですし、
不敗神話を輝かせたシーンではあるけれど、
ウィテカーに引き分け、そしてデラホーヤに打ち込まれて敗戦を喫し(再戦含め)、
晩節まで輝くことの難しさを、
いわゆるチャンピオンに群がるファミリーの維持や、プロモーターの戦略、
ビッグマッチ=ビッグマネーの功罪、というより罪や暗の部分が、
却って目立ってしまったような、ボクシング界全体の俯瞰を、思わされた気もします。
階級制覇の名目に引きずられるプロモート戦略も、そういう一環でしょう。
ボクシングはそもそも、興行主義の側面は大きい伝統ですが、
階級を細分化したり、団体が乱立化したり、
ビッグマッチを開催するための人為的なビッグネーム作りにも、
大金を動か過ぎる商業至上主義にも、批判はあって然るべきでしょう。
本当に、名実共に備えた王者ということを考える時にこそ、
パウンド・フォー・パウンドの価値が見出せるでしょうし、
掛け値ナシのベストバウトというモノも、そこに見出せるのかもしれません。
そんな思いも込めながら、90年代の「ビッグマッチ」を更に振り返るとしましょう。
名を上げ、更なる栄誉と賞金を視野に、多くのボクサーが階級を上げ、
チャレンジを繰り返す中、
バーナード・ホプキンスやロイ・ジョーンズは、
基本的にミドル級というウェイトの範囲で、
その最強論を積み上げて言ったボクサーと言えるでしょうか。
しかし、その彼らの対戦が、年表ではほとんど冒頭の、93年5月しかないというのも、
また奇妙と言えば奇妙でもあり、もっと互いに名声を得た後で、
統一戦なりの拳をまじえる機会があっても、と思ったりもするワケで。
けれど因果なもので、
ホプキンスもロイジョーンズもトリニダードに勝利していたり、
その1度の対戦、93年にはロイジョーンズに敗れたホプキンスが、
ロイジョーンズが再戦しても返り討ちにされたターバーには勝っていたりと、
相手によって、年齢によって、コンディションによって、環境によって、
試合の出来映えや結果が違って変わってくるということも、
これもその1つの露出かもしれませんな。
ホプキンスが敗戦を喫したシャーメイン・テ-ラー戦は、
実にロイジョーンズ以来12年ぶりの負け、10年ぶりのタイトル陥落であり、
再戦も返り討ちにされました。
しかしまぁ、10年もの長期政権、王者であった事実は、重いものでしょう。
ロイジョーンズは、ヘビー級を奪った03年のルイス戦が、
1つの偉大な成果に違いないですよね。
トリニダードは、デラホーヤを破って、人気より実力、
的な称号を得た記憶が強いボクサー。
実際、実力は間違いないボクサー。
その中で、01年、ホプキンスに敗れた試合は、
彼の中でも分岐点だったのかもしれません。
再戦要求をホプキンスが拒否したことからも、
勝った側からしても手強くて、もうやりたくない相手だったのかもしれないと、
そう推測できるような、悔しい痛恨の敗戦だったのでしょう。
さて、デラホーヤです。
言わずと知れたゴールデンボーイ。
チャベスとの一戦は、
むしろチャベスが既に全盛期を超えた頃でもあったのが真実だろうから、
世代交代、新王朝の始まりではあったけれど、
却ってそこから、デラホーヤの宿命はより険しさを背負ったのかもしれません。
ウィテカーを破り、カマチョを倒し、チャベスを返り討ちにして、
クォーティとの激闘を制して、トリニダードに敗戦を喫するワケなのだが、
その後も基本、バルガスとの「ベストバウト」こそ印象的に勝利するが、
勝敗としては、モズリーには2敗、ホプキンスにもメイウェザーにも破れ去り、
とうとう、ミスマッチのはずだったパッキャオにまでノックアウトされ、
引退に至ったデラホーヤ。
もはや、ビッグマッチを重ねることでしか生き残れない自転車操業のようなプロモートの波に呑まれ、
もちろん、それでもゴールデンボーイの名を汚さぬよう恥じぬよう、
決定的な敗北や失墜を避けてきたデラホーヤ、
宿命を受け入れて逃げることなく戦ってきたデラホーヤ、
それは、ボクサーとしては戦績以上に立派なことだとも、感じます。
決定的なKOは許さなかった彼が、さすがにミドル級、
ホプキンスの思いパンチに沈んだ屈辱も、それでも折れずに戦った姿など。
一方で、勝った試合も負けた試合も、慎重で臆病で冒険をしない安全策に徹し、
判定が多い、アウトボクシングが多いと、そういう批判も、
エスカレートするビッグマッチ主義との表とウラの部分でしょう。
もしくは、立派とは逆の負の側面、
デラホーヤの「狡猾」な部分であるとも言えるかもしれませんが。
フロイド・メイウェザー・ジュニアは、彼もまた、5階級制覇の強者です。
しかも、無敗のまま、王者のまま退いたという、強いインパクト。
カスティーヨとの疑惑的判定に迫られた試合も02年にあったものの、
再戦では返り討ちにしてみせ、ビッグマッチとしては、
デラホーヤを退け、リッキーハットンとの無敗対決を制するなど、
相応の結果も残しての引退。
もう間もなく、ノンタイトル戦、
しかもウェイトの重いメイウェザーが恐らくは有利になるだろう設定だろうが、
ファン・マヌエル・マルケスとの復帰戦が組まれている。
無敗は続くのだろうか?
この対戦相手、マルケス、兄弟で世界王者のボクサーなのだが、
マヌエルの方は、パッキャオと壮絶な戦いを重ねたボクサー。
04年にパッキャオとドローでタイトル防衛、
2度目の対戦でもスプリットデシジョンの判定で今度はパッキャオが勝利。
マルケスの再戦要求を避けてパッキャオは階級を上げ、
そしたらマルケスも追って階級を上げるという筋金入り。
もう片割れのラファエル・マルケス、弟に至っては、
凄絶な死闘を繰り広げた、まさにベストバウトと呼べる3戦が。
07年から立て続けに3戦、イスラエル・バスケスとのメキシカン同士の決戦である。
ベストと評するには余りに過酷で、凄惨なほどの撃ち合いは、
バスケスの2勝1敗という結果となっている。
軽量級は、けっこうこの、リターンマッチの目白押し。
新たなビッグカードを組む、というよりは、
因縁、再戦、雪辱、返り討ち、
宿命のライバル、好敵手、因縁の対戦という対戦が、戦いの密度を濃厚に凝縮している。
マルコ・アントニオ・バレロとエリック・モラレスの三度の激戦然り、
前述のラファエル・マルケスとイスラエル・バスケスの再三の死闘然り、
パッキャオとバレロ、パッキャオとモラレス、パッキャオとマヌエル・マルケス然り、
この辺りは本当に、執念と宿命と因縁が全て混濁して煮えたぎるような、
「名勝負」が繰り広げられた舞台だ。
チャベスがデラホーヤにリベンジを挑んだのも、もはや意地だろう。
年齢による衰え、試合過多によるダメージ、階級を上げたことによる不利、
それらよりも、プライドを賭けたのだろうと思う。
結果は返り討ちではあったけれど。
一方、ビッグカードへのマッチメイクは積極的なれど、
リターンマッチとしてのビッグマッチに淡白?なのはデラホーヤだろう。
話しがやや、軽量級から逸れたが。
そして、パッキャオ。
一体このボクサー、どうなってしまっているんだろう?
と思わされるのは、何と言っても、その階級アップの激しさ、著しさであり、
にも関わらず、大物食い、番狂わせ、下馬評を覆してと、
そう言った戦いぶりが余りにも「天晴れ」だからであろう。
元々ウェイトがきつかったとは言っても、
出だしのタイトルがフライ級のボクサーが、
ミドル級まで戦ったデラホーヤをKOするのだから。
(中間ウェイトでのマッチメイクにするとい配慮はあるにしても)
アントニアオ・バレラをジャイアントキリングして以降、
前述のマルケスとのドローと、エリック・モラレスへの1度の敗戦はあるものの、
バレラは返り討ち、モラレスにも雪辱を果たし、マルケスにも勝ち、
デラホーヤを破ったばかりか、
ウェルター級でメイウェザーとも戦ったリッキーハットンもノックアウトという、
まさにビッグマッチの興奮に相応しい結果を残しているのだ。
パッキャオの次なるマッチメイクは、どんなものなのだろうか?
ということで、もはや90年代以降は、ビッグマッチの歴史でもある。
しかしながら、そのビッグマッチの中には、
掛け値ナシのベストバウトもあれば、
人為的に着飾らせられたような模造品も、また多い。
誇大な宣伝文句、過剰な煽りたて、そういった面も否めないだろう。
ビッグマッチありきの、実力を水増しさえし兼ねないマチメイクと興行主義は、
やはり警鐘を鳴らすべきものでもあるだろう。
その意味での、パッキャオの次の対戦は、という「?」なのである。
もはや、階級もクソもミソもない、
「飾り文句」や「触れ込みインパクト」の大きさばかりが目立つような対戦は、
本筋ではないとも考える思いからである。
一番強いのは誰なんだろう?、それは純粋な願望であり観点であるから、
ビッグマッチ志向を否定ばかりは出来ないのだけれど。
その意味で、80年代を振り返ると、非常にシンプルに思えるし、見えるだろう。
古き良き懐かしき、とノスタルジックに考えることはしないが、
この頃がまさに、僕がオヤジとボクシングを見ていた時期でもある。
ロベルト・デュラン、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンス、
そしてマービン・ハグラー。
この4人の「交わり」は、濃密で、熱く、凝縮的だった。
多くは述べないので、ユーチューブでも、ニコ動でも、興味があれば検索してもらえたら。
一番軽いクラス、ライト級からスタートしたデュランが、
下馬評を覆してレナードを破る。
生粋のエリートであるレナードは、徹底的にデュランに雪辱を果たす。
ハーンズの切れまくるパンチに押し込まれながら、
レナードが逆転のKO勝ちを収める。
ハグラーが判定まで持ち込まれつつもデュランを退ける。
「石の拳」と「ガラスの顎」、デュランとハーンズの対戦は、
重いパンチとキレるパンチの対決でもあったが、
衝撃的に前のめりに倒れるデュランの姿で結末を迎える。
しかしそのハーンズの危険なパンチの攻勢を、
真っ向から受けて立ち、僅か3ラウンドで沈めたハグラー。
ウガンダから来た刺客、26戦全KO勝ちのジョン・ムガビを、
ハグラーは王者然と倒してみせる。
レナードとハグラーと言う、最後に残されたマッチメイクは、
2-1と言うスプリットデシジョンの中、レナードが勝利。
この後、レナードはハーンズとドロー、デュランに勝利と、
「ビッグ4」の時代はまさに80年代を彩る「スーパーマッチ」だった。
僕がここで言いたいのは1つだけである。
レナードはズルい(笑)
ボクシングという勝負の中で、それはトータルの戦い方の含まれる部分であるし、
腕力だけでない、まさしくスポーツとしての基本、メンタルに関わる部分なのだろうけれど、
陽動作戦的なことであったり、逃げと紙一重のヒット&アウェーであったり、
審判の心象ありきのパフォーマンス的なスタイルであったり、
そして、「疑惑」的な唱えを受けながらも再戦を拒否する姿勢であったりと、
狡猾と言えば狡猾だし、卑怯と言えば卑怯なレナードを、
ハグラー贔屓(笑)の僕は、認めていないワケである。
だいたい、90年にもなって、ハグラーも衰えてから再戦提案なんて、
男らしくないっしょ。
さ、時間があれば今日も、ユーチュー部の部活、始めまっしょぃ♪(笑)


# by wearecrazy | 2009-09-15 09:34 | 【その他編】 | Comments(6)



