続(笑)・つなぎネタ【ボクシング クロニクル】 090914  

不肖、私、ダイゴロー。
スポーツの師は父ゴロー。
その影響下、影響大。
遺伝子なのか、洗脳なのか、まぁ親と子なんてそんなもん。
(おいおい、同じ書き出しじゃねーかよ!)

で、五輪は勿論、テニスやらボクシングやらも、
薫陶なのか啓蒙なのか一子相伝(笑)なのか、見る機会が多々、
幼少の折からあったとさ。(全くパクりの出だしかっ!?)

だから、こんなもの作っちまうバカが生まれるワケ♪
ボクシングクロニクル。
これ、初見。
大仕事終えた後の、終えたからこそ期待に応えるべき時に、ちょー暇人的に作成!
ス・テ・キ♪

この企画(企画かいっ!)、そもそもは、
パウンド・フォー・パウンド、階級を超えた最強ボクサーは誰なんだろ?的な、
誰しもが考えたり、思い巡らせたり馳せたり、そういった中から出てきているモノ、
であるけれど、
結局、それは「???」で締めている通り、ここではそれ以上に、それ以外の、
雑談みたいな話しをしていきたいと思うのである。

サッカーでも、相手によって全く出来映えが違って映る試合が幾多数多あるように、
ボクシングのように、個人競技であり、且つ、
まさに肉体的なフィジカルコンディションが大きな要素を占める競技の場合、
ましてや、階級に拠る体重調整、ウェイトコントロールが関係する中では、
試合によって出来のバラつきが出てくるのも間違いないだろうし、
殴り合いゆえ、ダメージという意味での消耗も激しくて当然だし、
年齢による衰えや回復度も、大いに影響があることだろう。

という前提を理解した上で、90年代においては、
パウンド・フォー・パウンドの呼び声が上がったボクサーの中から、
また彼らのベストバウトだったりビッグマッチだったりを、取り上げてみたワケさ!
(名前の後は、国籍・生まれ・勝-分-負・初タイトル時の階級)

パウンド・フォー・パウンドってだけあって、ヘビー級って必然、
普通は最強名目で考えられる階級であるから、
逆に巨大化や鈍重化すると衰退が目立つし、
同時に、階級を超えた最強議論となると中量級のスターにライトが当たるよね。

余りに軽い階級だと、これまた理不尽だろうけど、
軽んじて見られる傾向があるようだけど、
リカルド・ロペスへの最強評価は、なかなか根強く、また確かなモノ。
日本人も、やられてますからねー。

チャベスは強かったんでしょうが、やはり最終的に、
試合過多であったり、階級を上げることに伴うダメージの蓄積が、
という感じはします。
メルドリックテーラーを残り2秒で逆転したノックアウトは鮮烈ですし、
不敗神話を輝かせたシーンではあるけれど、
ウィテカーに引き分け、そしてデラホーヤに打ち込まれて敗戦を喫し(再戦含め)、
晩節まで輝くことの難しさを、
いわゆるチャンピオンに群がるファミリーの維持や、プロモーターの戦略、
ビッグマッチ=ビッグマネーの功罪、というより罪や暗の部分が、
却って目立ってしまったような、ボクシング界全体の俯瞰を、思わされた気もします。

階級制覇の名目に引きずられるプロモート戦略も、そういう一環でしょう。
ボクシングはそもそも、興行主義の側面は大きい伝統ですが、
階級を細分化したり、団体が乱立化したり、
ビッグマッチを開催するための人為的なビッグネーム作りにも、
大金を動か過ぎる商業至上主義にも、批判はあって然るべきでしょう。

本当に、名実共に備えた王者ということを考える時にこそ、
パウンド・フォー・パウンドの価値が見出せるでしょうし、
掛け値ナシのベストバウトというモノも、そこに見出せるのかもしれません。

そんな思いも込めながら、90年代の「ビッグマッチ」を更に振り返るとしましょう。

名を上げ、更なる栄誉と賞金を視野に、多くのボクサーが階級を上げ、
チャレンジを繰り返す中、
バーナード・ホプキンスやロイ・ジョーンズは、
基本的にミドル級というウェイトの範囲で、
その最強論を積み上げて言ったボクサーと言えるでしょうか。

しかし、その彼らの対戦が、年表ではほとんど冒頭の、93年5月しかないというのも、
また奇妙と言えば奇妙でもあり、もっと互いに名声を得た後で、
統一戦なりの拳をまじえる機会があっても、と思ったりもするワケで。

けれど因果なもので、
ホプキンスもロイジョーンズもトリニダードに勝利していたり、
その1度の対戦、93年にはロイジョーンズに敗れたホプキンスが、
ロイジョーンズが再戦しても返り討ちにされたターバーには勝っていたりと、
相手によって、年齢によって、コンディションによって、環境によって、
試合の出来映えや結果が違って変わってくるということも、
これもその1つの露出かもしれませんな。

ホプキンスが敗戦を喫したシャーメイン・テ-ラー戦は、
実にロイジョーンズ以来12年ぶりの負け、10年ぶりのタイトル陥落であり、
再戦も返り討ちにされました。
しかしまぁ、10年もの長期政権、王者であった事実は、重いものでしょう。
ロイジョーンズは、ヘビー級を奪った03年のルイス戦が、
1つの偉大な成果に違いないですよね。

トリニダードは、デラホーヤを破って、人気より実力、
的な称号を得た記憶が強いボクサー。
実際、実力は間違いないボクサー。

その中で、01年、ホプキンスに敗れた試合は、
彼の中でも分岐点だったのかもしれません。
再戦要求をホプキンスが拒否したことからも、
勝った側からしても手強くて、もうやりたくない相手だったのかもしれないと、
そう推測できるような、悔しい痛恨の敗戦だったのでしょう。

さて、デラホーヤです。
言わずと知れたゴールデンボーイ。
チャベスとの一戦は、
むしろチャベスが既に全盛期を超えた頃でもあったのが真実だろうから、
世代交代、新王朝の始まりではあったけれど、
却ってそこから、デラホーヤの宿命はより険しさを背負ったのかもしれません。

ウィテカーを破り、カマチョを倒し、チャベスを返り討ちにして、
クォーティとの激闘を制して、トリニダードに敗戦を喫するワケなのだが、
その後も基本、バルガスとの「ベストバウト」こそ印象的に勝利するが、
勝敗としては、モズリーには2敗、ホプキンスにもメイウェザーにも破れ去り、
とうとう、ミスマッチのはずだったパッキャオにまでノックアウトされ、
引退に至ったデラホーヤ。

もはや、ビッグマッチを重ねることでしか生き残れない自転車操業のようなプロモートの波に呑まれ、
もちろん、それでもゴールデンボーイの名を汚さぬよう恥じぬよう、
決定的な敗北や失墜を避けてきたデラホーヤ、
宿命を受け入れて逃げることなく戦ってきたデラホーヤ、
それは、ボクサーとしては戦績以上に立派なことだとも、感じます。
決定的なKOは許さなかった彼が、さすがにミドル級、
ホプキンスの思いパンチに沈んだ屈辱も、それでも折れずに戦った姿など。

一方で、勝った試合も負けた試合も、慎重で臆病で冒険をしない安全策に徹し、
判定が多い、アウトボクシングが多いと、そういう批判も、
エスカレートするビッグマッチ主義との表とウラの部分でしょう。
もしくは、立派とは逆の負の側面、
デラホーヤの「狡猾」な部分であるとも言えるかもしれませんが。

フロイド・メイウェザー・ジュニアは、彼もまた、5階級制覇の強者です。
しかも、無敗のまま、王者のまま退いたという、強いインパクト。
カスティーヨとの疑惑的判定に迫られた試合も02年にあったものの、
再戦では返り討ちにしてみせ、ビッグマッチとしては、
デラホーヤを退け、リッキーハットンとの無敗対決を制するなど、
相応の結果も残しての引退。

もう間もなく、ノンタイトル戦、
しかもウェイトの重いメイウェザーが恐らくは有利になるだろう設定だろうが、
ファン・マヌエル・マルケスとの復帰戦が組まれている。
無敗は続くのだろうか?

この対戦相手、マルケス、兄弟で世界王者のボクサーなのだが、
マヌエルの方は、パッキャオと壮絶な戦いを重ねたボクサー。
04年にパッキャオとドローでタイトル防衛、
2度目の対戦でもスプリットデシジョンの判定で今度はパッキャオが勝利。
マルケスの再戦要求を避けてパッキャオは階級を上げ、
そしたらマルケスも追って階級を上げるという筋金入り。

もう片割れのラファエル・マルケス、弟に至っては、
凄絶な死闘を繰り広げた、まさにベストバウトと呼べる3戦が。
07年から立て続けに3戦、イスラエル・バスケスとのメキシカン同士の決戦である。
ベストと評するには余りに過酷で、凄惨なほどの撃ち合いは、
バスケスの2勝1敗という結果となっている。

軽量級は、けっこうこの、リターンマッチの目白押し。
新たなビッグカードを組む、というよりは、
因縁、再戦、雪辱、返り討ち、
宿命のライバル、好敵手、因縁の対戦という対戦が、戦いの密度を濃厚に凝縮している。

マルコ・アントニオ・バレロとエリック・モラレスの三度の激戦然り、
前述のラファエル・マルケスとイスラエル・バスケスの再三の死闘然り、
パッキャオとバレロ、パッキャオとモラレス、パッキャオとマヌエル・マルケス然り、
この辺りは本当に、執念と宿命と因縁が全て混濁して煮えたぎるような、
「名勝負」が繰り広げられた舞台だ。

チャベスがデラホーヤにリベンジを挑んだのも、もはや意地だろう。
年齢による衰え、試合過多によるダメージ、階級を上げたことによる不利、
それらよりも、プライドを賭けたのだろうと思う。
結果は返り討ちではあったけれど。

一方、ビッグカードへのマッチメイクは積極的なれど、
リターンマッチとしてのビッグマッチに淡白?なのはデラホーヤだろう。

話しがやや、軽量級から逸れたが。

そして、パッキャオ。
一体このボクサー、どうなってしまっているんだろう?
と思わされるのは、何と言っても、その階級アップの激しさ、著しさであり、
にも関わらず、大物食い、番狂わせ、下馬評を覆してと、
そう言った戦いぶりが余りにも「天晴れ」だからであろう。

元々ウェイトがきつかったとは言っても、
出だしのタイトルがフライ級のボクサーが、
ミドル級まで戦ったデラホーヤをKOするのだから。
(中間ウェイトでのマッチメイクにするとい配慮はあるにしても)

アントニアオ・バレラをジャイアントキリングして以降、
前述のマルケスとのドローと、エリック・モラレスへの1度の敗戦はあるものの、
バレラは返り討ち、モラレスにも雪辱を果たし、マルケスにも勝ち、
デラホーヤを破ったばかりか、
ウェルター級でメイウェザーとも戦ったリッキーハットンもノックアウトという、
まさにビッグマッチの興奮に相応しい結果を残しているのだ。

パッキャオの次なるマッチメイクは、どんなものなのだろうか?

ということで、もはや90年代以降は、ビッグマッチの歴史でもある。
しかしながら、そのビッグマッチの中には、
掛け値ナシのベストバウトもあれば、
人為的に着飾らせられたような模造品も、また多い。
誇大な宣伝文句、過剰な煽りたて、そういった面も否めないだろう。

ビッグマッチありきの、実力を水増しさえし兼ねないマチメイクと興行主義は、
やはり警鐘を鳴らすべきものでもあるだろう。

その意味での、パッキャオの次の対戦は、という「?」なのである。
もはや、階級もクソもミソもない、
「飾り文句」や「触れ込みインパクト」の大きさばかりが目立つような対戦は、
本筋ではないとも考える思いからである。

一番強いのは誰なんだろう?、それは純粋な願望であり観点であるから、
ビッグマッチ志向を否定ばかりは出来ないのだけれど。

その意味で、80年代を振り返ると、非常にシンプルに思えるし、見えるだろう。
古き良き懐かしき、とノスタルジックに考えることはしないが、
この頃がまさに、僕がオヤジとボクシングを見ていた時期でもある。

ロベルト・デュラン、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンス、
そしてマービン・ハグラー。
この4人の「交わり」は、濃密で、熱く、凝縮的だった。

多くは述べないので、ユーチューブでも、ニコ動でも、興味があれば検索してもらえたら。

一番軽いクラス、ライト級からスタートしたデュランが、
下馬評を覆してレナードを破る。

生粋のエリートであるレナードは、徹底的にデュランに雪辱を果たす。

ハーンズの切れまくるパンチに押し込まれながら、
レナードが逆転のKO勝ちを収める。

ハグラーが判定まで持ち込まれつつもデュランを退ける。

「石の拳」と「ガラスの顎」、デュランとハーンズの対戦は、
重いパンチとキレるパンチの対決でもあったが、
衝撃的に前のめりに倒れるデュランの姿で結末を迎える。

しかしそのハーンズの危険なパンチの攻勢を、
真っ向から受けて立ち、僅か3ラウンドで沈めたハグラー。

ウガンダから来た刺客、26戦全KO勝ちのジョン・ムガビを、
ハグラーは王者然と倒してみせる。

レナードとハグラーと言う、最後に残されたマッチメイクは、
2-1と言うスプリットデシジョンの中、レナードが勝利。

この後、レナードはハーンズとドロー、デュランに勝利と、
「ビッグ4」の時代はまさに80年代を彩る「スーパーマッチ」だった。

僕がここで言いたいのは1つだけである。
レナードはズルい(笑)

ボクシングという勝負の中で、それはトータルの戦い方の含まれる部分であるし、
腕力だけでない、まさしくスポーツとしての基本、メンタルに関わる部分なのだろうけれど、
陽動作戦的なことであったり、逃げと紙一重のヒット&アウェーであったり、
審判の心象ありきのパフォーマンス的なスタイルであったり、
そして、「疑惑」的な唱えを受けながらも再戦を拒否する姿勢であったりと、
狡猾と言えば狡猾だし、卑怯と言えば卑怯なレナードを、
ハグラー贔屓(笑)の僕は、認めていないワケである。
だいたい、90年にもなって、ハグラーも衰えてから再戦提案なんて、
男らしくないっしょ。

さ、時間があれば今日も、ユーチュー部の部活、始めまっしょぃ♪(笑)


# by wearecrazy | 2009-09-15 09:34 | 【その他編】 | Comments(6)

つなギネタ(笑) 【テニス史】 090911  

不肖、私、ダイゴロー。
スポーツの師は父ゴロー。
その影響下、影響大。
遺伝子なのか、洗脳なのか、まぁ親と子なんてそんなもん。

で、五輪は勿論、テニスやらボクシングやらも、
薫陶なのか啓蒙なのか一子相伝(笑)なのか、見る機会が多々、
幼少の折からあったとさ。(昔ばなしかっ!)

だから、こんなもの作っちまうバカが生まれるワケ♪
テニス史。
これ、以前にも見せた通り。

細かい論評は過去項に譲るとして、
フェデラー、斜陽の可能性アリって大々的に書いたのに、息吹き返しちゃった感(汗、焦)

まぁしかし、初戴冠が2003年の全英でありながら、
そこから6年で15勝の最多勝記録更新、ファイナル進出も20回を数えるだなんて!

まぁしかし(クドいな、言い回し! 笑)、鬼の居ぬ間、ナダルの居ぬ間の、
キャリアグランドスラム達成&最多勝更新なんで、
本当の勝負はナダル復帰のこの全米、なのかもしれないけど。

まぁしかし(だからクドいっちゅーの!)、とりわけ全仏の天敵ナダルが、
フェデラー斜陽か!?というタイミングで負傷して敗れて消えたワケで、
もちろん、そういうめぐり合わせもスポーツの実力の範疇だし、
僕自身はナダルよりも遥かにフェデラー好みなんだけど、
北京五輪もナダルに奪われて、世代交代、王位継承、共に目前&風前の灯だったこと、
スポーツの世界も政治と一緒?、一寸先は闇だし、光っすね。

ってことで、ナダルだってこの全米、
キャリアグランドスラムが早くも23歳で懸かってるワケで、
でもナダルも、負傷が癒えず繰り返すようなら、
早熟のピークアウトだって無いワケじゃなく、案外、勝負の大会かも!?

当然、フェデラーとのサシの勝負の行方、力関係も、
「落とし前や。ケリつけるたるで!」ってとこやね。

アップできる容量の関係でちっこいけど、ゴメンあさーせっ♪



# by wearecrazy | 2009-09-11 10:59 | 【その他編】 | Comments(1)

【ガーナ戦 (かなり辛口、そーとー天邪鬼、的な) 】 090910  

ガーナ戦。
捉え方は角度によってあるだろうし、細部を見ればプラスもマイナスも見つけられるだろうけれど、
勝ちはしたけど、完全な負け試合と言うのが、率直な評価であると考えたい。

コレと同じ結果を本大会でももたらせる、あきらめなければ大逆転もある、イケる、
と思うのは、正直全くの幻想に過ぎないだろう。
余りに厳しい内容、差があったと言わざるを得ないのではないか。

要するに、「格下」と見られる現状認識を改善はできなかったし、
むしろ「日本には90分あれば仮に先制されても3点は奪える」という印象を与えたのではないかと思うし、
相手を慌てさせるチームでありたい、警戒されるチームでありたい、
という立ち位置よりも、
相手にナメられて呑まれている、というポジションではないかと。
メンタルで優位に立ったり、揺さぶれる状況には、到底及ばないと。
残念だし、悔しいけれど

辛口過ぎるでしょうかね?

都築
ジャイアントキリングに必要な「ビッグセーブ」の不可欠さを、
川島に時にも説いたが、終盤のムンタリのシュートを防ぐなど、
「類似」シーンはあったけれども、
3失点目の出るタイミングは意味不明だし、
ビッグセーブ以前に不可欠な「安定感」の欠如は、
日本の正守護神におさまるには非常に厳しく険しいのではないだろうか。

中澤
オランダ戦の書いた通り、やはり限界の露呈シーンが増えているのではないだろうか。
言わずもがな、2失点目のシーンは、
幾ら相手がアフリカだとは言ってもあり得ないシーンであり、
完全に個人的な劣勢部分。
トゥーリオが追いかけて挟むとか、そういったレベルではない、
あれが本大会で、1回でも出たら完全なる敗因であるし、
それは起用している監督の采配の問題。
2点目以外にも、とりわけスピードに振りきられるシーンは目立ち過ぎる。

中澤にはレベルを戻せる期待をしたいが、
それと代替を試す作業を着手するかしないかは、全くの別問題。
同じように中澤を不安視するメディアなりがあるなら、キチンと指摘した方が良い。

トゥーリオ
オランダ戦よりも全般的に苦戦。
空中戦でも、フィジカルでも、ディフェンスそのものでも。
ただし、トゥーリオのフィードはやはり優れているし、

シュートが枠に行くのも結局はシュンスケとトゥーリオくらいのもの。
それは、厳しい時間帯にこそ枠に行くもので、だから価値がある。

ボールの落ち着きどころとして、今の人材の中では代表に不可欠なことは間違いない。

駒野
内田よりも良い、と明確には言えない程度であるし、物足りないが、
思考回路や選択肢がワンパターンでない部分は、
内田とは違ったカタチが幾つか出せた部分ではあろうか。

しかし、「それは追いつけるだろ」という追いついて欲しいシーンが幾つもあったことは、
サイド攻撃という面では非常に厳しい。
なぜあんなに追いつけないのか、パスの出し手も首を捻る傾げるのではないか。

長友
偉そうな物言いになるのを承知で言うと、長友は、代表選手とは言え、
決して一流ではなく、二流の選手である。
ただ、それを本人も自覚しているから、意識して、考えて走るようにしているし、
考えて走れないなら、それでもまずは走れ、という意識を実戦している。

足りないところは多々あるし、ミスもある。
けれど、アグレッシブだし、チャレンジしているし、
しつこいこと、繰り返すことを、相手が嫌がっている。
対面をそういう感情に至らしめることが出来るのは、大きな要素。

そして、一番単純な評価、二流であるがゆえ、全力でチャレンジするがゆえ、
試合ごとに、少なくとも伸びているし、停滞していない。
それが彼の起用を正当化させるし、説得性を高く持たせている。

長谷部
ボールキープの際に相手のリーチに突っかけられるシーンは目に付くが、
アタックできる守備と言う意味、体を張れる守備という意味、
攻守の切り替えの起点になれて、追い越して走りこむ運動量も兼ね備えている、という意味では
攻守において効いているし、代え難い選手で間違いない。

遠藤
ボールキープ、ボールコントロール、ボールの落ち着かせどころ、
という意味では、長谷部よりも上だが、
スナイデルを潰す、というような明確なマーカー、対象があればより有用だが、
肉弾戦の中、スピードの中、では長谷部より弱い部分も露呈しがち。

キープやコントロールにしても、
よりスピーディーな中、より当たりの強い中、でのモノではないので、
ゲームコントロールの部分と、守から攻へのポイントとなる部分とで、
ボランチの組ませ方、使い分けが必要かもしれない。

例えば、ガーナ戦のような展開ならば、
あるいは稲本を使うチョイスをするなら、
長谷部と稲本のセットの方が良いのかもしれないので、
そこは試用と判断を促したい。

ケンゴ
予想以上にフィジカルが弱い印象が強まった。
シュートを外し過ぎ。

パスの出し手にもなれるし、受け手で走りこむ意識も形も持てているし、
1つ1つのプレイを工夫しつつ考えていることはよく分かるし、
彼の絡む中でのパス交換やフィニッシュシーンは日本の良い形の大部分を占めるので、
有効ではあると感じるのだが、トップ下がケンゴがベストチョイスなのかどうかは、
再考の必要があるようにも感じた。

例えば、本田をトップ下でスタメンから試してみる起用法などはなかったのか、など。
同時に、ケンゴが、例えば遠藤にとって代わるような起用も、アリなのかもしれない。

メンバーを固める時期に入りつつあるし、基本線は予選を通じて固定もしているが、
結果的にチームの幅を狭めているかもしれない。

シュンスケ
0-5フランス戦のナカタ、とまでは行かないが、
結局、ガーナ戦においても、いわゆる「ナメられかけた」時間帯、見下された時間帯に、
シュートにしろ、ドリブルにしろ、パスにしろ、
相手へ立ち向かい、味方を叱咤するようなプレイを見せられたのは、
格段のレベルの違いを持って、シュンスケしかいなかった。

シュートが枠に飛ぶのもシュンスケとトゥーリオだけ。
足など速くないのにエリア付近で相手をかわして打開できるのもシュンスケだけ。
エッシェンと体ぶつけあって倒れずに倒すのもシュンスケだけ。

ディフェンスで手が出る回数が多いのは気に食わないけど。

僕は、もともとシュンスケには辛い方である。
走行距離が長いと言っても彼のはダッシュじゃないとか、
パスの出し手になりすぎるとか、走り込みが足りないとか、
注文を多くつけてきた。

が、今日の試合は、「負け試合」の中で、意地とプライドを見せる姿を、
本当に見せてもらった気がする。

勝利とゴールは、中味に伴っていない部分が多いけれど、
シュンスケのプレイは本物だと思わされる凄みがあった。

岡崎
フィジカル、彼もかなりやられていた。
ゴールこそ取ったものの、動きは中盤の方が、効いていたんじゃないのだろうか?
FWという役割の中でのFWとしては、余り評価できない。
一度ウラへ抜け出した場面も、進路をミスしている。
ゴール前の浮き球をヘディングで競りに行った時も、
ディフェンスに体を当てられ、ジャンプさえ出来ない場面もあった。
これではFWとしてゴール前にいる意味がほとんどない。
スタメンよりも、相手が疲労した中での掻き混ぜ役やプレス役の方が良いのかもしれない。

前田
ポストに入ろうと言う意識は高かったし、難しいプレイに挑む気持ちも買いたい。
実際、潰されてカタチにならないポストが多かったので、評価は辛くならざるを得ないが。

ポストプレイに入っても、懐の深さ、ってモンがほとんどない、取れない、
そういう状況であったのは間違いない。
必死にもがいて、食らい突いていく姿は見えたけども。

上背や体格もあろうが、細身のインザーギだって背負ってやってるんだから。

ポストへの意識含め、気負いが強かったのが、
前半の胸トラからのシュートも、トラップからフィニッシュまで、一連が硬かった。
評価できる部分は他に、ケンゴの1点目の前にDFに絡んで、
潰れ役になって攻撃をつなげたこと。
もう少し、最終ラインとの駆け引きでDFのギャップを突くようなプレイが、
少なくともその狙いが見えたら良かったと思うが。

FWとして点数をつけるなら、残念だが及第とはとても言えない。

玉田
ゴール奪ったからOK、とは問屋が卸さないワケだが、
ゴールを奪わなければいけない状況で出場し、
シュート以外にも突破を仕掛けていくなど、簡潔に言えば、
スタメンで出ても同じようにやって欲しいし、シュートをまず打ってもらいたいし、
前半だけでガス欠になり交代してもいいので、
ゴールに向かう、シュートを打つ姿勢を強く出していくFWであって欲しい。

コオロキ
特筆評価ナシ

稲本
格別に良かったワケではないと思うし、
相手の足が止まっていた、無理をしない時間帯であったことも相対要因であろう。

ショートショート、のパス交換の多い中、意識的に大きく広く、
ロングレンジのボールを散らそうとしていたプレイは、1つの正解だろう。
ハッキリ言って、通常時から日本も、常に速く動かすプレイばかりでなく、
大きく広くゆったりと、という間合いのの時間も必要だろう。

コンセプト、戦術に縛られ過ぎない、自分で判断できる、
その意味では、ゲーム運びに長けた選手が必要なのかもしれない。

シュートに関しては、稲本の枠への意識、押さえて打つ意識は、
この試合に始まったことではなく、むしろデジャビュ的な感さえある。
意識するだけで、枠内や押さえてのシュートは全く違ってくると思うのだが、
他の選手がなぜ出来ないのか、逆説的に疑問を感じたシーンでもある。

阿部
評価対象でない。

本田
評価としては、何も出来ていない、の部類になる。
気負って、そして幾らか自戒して、自分を抑えて殺してピッチを動いた割りには、
ボールに触れる機会がほとんどなかったし、効果的にも動けなかった。

見せ場は遠藤へのパス、ほとんど立ち姿勢からのウラへ届かせたパスと、
ゴール前に走り込み要求していった何度かのプレイだろう。
一度試みたドリブルは、間合いも悪い中、ままならずタッチでバランスを崩しボールも奪取される有様。
本人が不満で納得がいかないのだから、当然、合格点でも及第点でもない。

融合、融合、と言うけれども、結果が全てでもある世界。
スタメンで使わない起用法にも疑問符はあるし、
今までやってきたベースで今回の遠征に挑み、
それが継続で通用すると手応えを得たのか否か、
岡田監督の描くチーム像にも関わるし、手っ取り早いのはやはり、
本田自身が結果を出すことに他ならない。

この試合、「やっぱりなー」というプレイが見られたのは、
要するにシュンスケだったよね、ということと同じである。


ゲーム全体としては、前述の通り、負け試合であり、
ゴールも、玉田の得点などは、
相手DFのエリア内でのあり得ないパスミスによる「儲けモノ」部分も大きい。

目の覚めるようなパス交換、ダイレクトのつながり、連携と連動、
という場面は、オランダ戦でもガーナ戦でも、幾つか見られたし、
その意識や感覚は、選手たちにも宿っていると感じるところ。

タマゴと雌鶏じゃないけど、問題なのは、
繋ぐ事ありき、良いパス交換をすることありき、ではなくて、
それがゴールに繋がり、勝利に導くものであるか否か、ということ。

今のコンセプトが正しいのかどうか、ということにもつながる。

良いパス交換が目的じゃないことなんて、もちろん誰もが知っていて、
でも、そのパス交換の回数を、頻度を、繰り返し増やしていけば、
果たしてゴールの可能性は高まるのか、
それとも、ゴールというのは違うカタチからより多く生まれるものなのか。

言い替えてみよう。
例えば、ゴールの可能性というものを、
それが60%の試合運びを90分続けていくことでゴール=勝利に近づくのか、
あるいは、
イチかバチか、つまりはゼロか100かのピンポイントを何度か追及する中で、
生まれるのがゴールというものなのか、
そういう例えを引き合いに出すことは、どうだろう。

今の日本は、
可能な限り高い位置で相手のボールを、
可能な限り多くの回数奪い取り、
それにより、可能なゴールの確立を高めようとしている、そう捉えることもできる。

だが一方で、
決定的なドリブル突破や、1本の決定的な縦パスで、
ゴールが生まれることは非常に多いのも事実である。

いずれにしろ、この両方のプレイや時間帯の組み合わせ、配分によって、
試合は成り立っているワケで、
そういう意味では、先にゴールを奪わないことには、
負荷の高いプレイの質を維持することは半物理的にも困難であり、
逆に、先制して相手が前がかってくれば、
1本の縦パスを狙う余地、それで崩せる余地も高まってくるワケで、
先にゴールをするチャンスがあるのに決められないことは、
やはり非常に、自分たち自身の首を絞めているということであろう。


誰かが言っていたように、
「どんな相手でも、強く早いプレスをかければミスる」というのは真実で、
とは言え、今の日本がそれでは、
アメリカがコンフェデでスペインを破ったような番狂わせ、試合運びが出来るか、
と言ったら、どうだろう?

無理ではないと思う。
けれど、それにはやはり先制することがかなり比重の高い条件だろう。

この試合、「タメ」という部分については、短いクサビで時間を作ったり、
タイミングを捉まえる攻めも回数が増えていた。
この試合の一番最初のクロスには、ゴール前に3人が待ち、人数をかけた攻めも見えなく放はなかった。

ゴールって、どうしてこんなに遠いんだろうね、本当に。
4点奪っても全く喜べないのって、ちょっと残念な心持ちである。

# by wearecrazy | 2009-09-10 14:22 | 【ニッポン代表編】 | Comments(0)

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